<<2008年7月6日>>

ウィンナーワルツは独特のリズム感。
 それを外国人、ましてやアジアの我々が演奏するのは、日頃オーストリア贔屓の私ゆえ、その空気感は理解しているものの…、 果たしてどこまで体現できるものか、と憧れつつも初めての曲と対峙する。
 果たして、指揮者、オーケストラ、私、と三様のリズム感覚が違う…。コンマスと打ち合わせ。
“ボクは指揮者見ていませんよ。どうぞ自由にやってください。付けますから”と。
(自由に歌おう)放たれた。
リハーサルでも、本番は一層大きくコンマスから“Vrava”をいただいた。
初めての事だった。(2008 7,6)

<<2007年8月24日>>

久しぶりに横浜シティオペラ主催のコンサートに出演した。
何を歌っても自由、との事だったので12/20予定のリサイタル『ショパンを歌う』から、まず三曲送り出してみた。
慣れない言語(ポーランド語)の暗譜は、それはそれは大変だったが、歌にしてみればショパンの曲は軽やかにホールに飛んでいった。

<<2007年5月26日>>

シャルパンティエ作曲『ルイーズ』は当時人気のフランスヴェリズモオペラ。R.シュトラウスの様なうねるフレージングと フランス音楽独特の絶えまない和声の変化。それまでのロマンチックなオペラと一線を画する。話は他愛もなく、両親の反対 する恋物語にうねる音楽が何とも難解。
今回は三幕の最も有名なルイーズのアリアとそれに続く恋人ジュリアンとのシーン。以前『ファウスト』でも御一緒いただいた テノールの方と二度目の共演。僅か三回の合わせにただ稽古に歌う中に、曲を通して通ずるものを感じるのは珍しい。本番では それが拡大され曲の難解さはあっても楽しいステージとなった。
(写真は伴奏者と。'07,5,26)

<<2007年2月10日>>

今年から今までの演奏会と共に、少し御返しに施設等にうかがって歌わせていただこうと思っている。
今日が第一回目。私の細やかな気持がお届けできれば…と思う。まだまだ2月なのに春の様な暖かさに、 「冬の歌」は何だか違和感。忘れかけた歌を歌い伝えたいと思いつつも、温暖化で四季の境目が無くなり 歌の中の世界にある日本の冬の元風景が薄らいでゆくのは寂しい…。

<<2006年12月23日>>

区のコミュニティ(中学校内を区民に開放)での演奏は、部屋が普通の教室と同じなので音響効果を望め無いので、 大変に神経を使う。お客様にもホールと同じ響きがお届け出来ないのが、残念。 でも家の近くで気軽に聴けるのは、何よりかしら。
X'mas間近の一時、心を込めて届けました。

<<2006年11月27日>>



リサイタルを終えると頭が空っぽになる。各々の曲をまんべん無く真心込めて歌い伝えれば、それらの曲はもうお客様のもの。 あの曲が良かった、この曲が良かった…と感想をいただくが、それはお客様各々の思い出に結びつき、再び蘇るから。 私ができたのは思い出に結びつくよう歌う事。
愛らしい唱歌ばかりのコンサートを聴いて涙してくださったお客様は心からの私の喜び。
(2006,11,27表参道)

<<2006年10月22日>>

演じ終わった役が、奏でた音と共に、未だ体の中に残り少しの間抜けない…。オペラの後は何時もそう…。 しばし私はそれを味わい、そして次のステージの曲に向かう。
グノーのメロディは歌いやすく美しい。狂乱のシーンですら愛らしく哀しく美しい。

<<2006年5月21日>>

“恋”を思い出した。 オペラ『ファウスト』(グノー作曲)の一部のマルグリート役の楽譜を読み、発音が言えるにつれ、歌詞の意味を考える。 始めは客観的に娘の恋心を想像する。…が歌に命を注ぐにはそれでは足らず、あれこれ想いを巡らせている内に、懐かし い“恋”に辿りついた。『あ〜そうだった…。刻まれるそのひととき、ひとときに胸はトキメキ、恋の眼差しに幸せが溢 れた』…と。共演の男性陣はマルグレートの歌詞に『貴方への愛に死んでも構わない…』とあると、「これは自分の“死” への予感かな?」私は一言『恋する娘は死ねるのよ!』
〇十歳も差し引いて14〜15歳の娘の恋心を演じるのは、(お客様にはどう写ったかは別にして!)楽しかった。

<<2006年4月16日>>

幼い頃からの知人が“同窓会幹事”と言う事でア・カペラで『君が代』の依頼を受けた。(同窓会に“君が代”?)と 思ったが103回目の同窓会と言う伝統の中の式典でそれは厳かなもの。体育館に1000人のお客様と言う条件の中、前日、 当日二度のリハーサルをして本番に臨んだ。格調高く歌いたいと思うものの果たして…。僅か2分の本番は心を込めるばかりだ。

<<2006年4月4日>>

以前勤めていた、表参道の河合楽器のティーサロンで『みんなの知っている曲ばかり』のコンサートの依頼を受けた。
本来コンサートホールでは無いので音響は望むべくもないが、お客様との近い距離の中で、心優しい曲をお伝えするのも、 素敵!と改めて思う。
久しぶりに会った会社の、旧知の方々との再会を喜べたのも、私には何よりで、かつてのこちらでの歳月を懐かしく暖かく 思い出された。

(4/4)写真 伴奏 由良郁子氏と


<<2005年10月16日>>

系統立てて本格的にフランス物の勉強を始め、二回目のコンサート。イタリア歌曲で有名な『Piacer d'amor』(愛の喜び)を オリジナルのフランス語で、グノーのオペラ『ファウスト』からマルグレートのアリア。二曲ながら、正確な発音とレシタティーヴォを 伴う12分を越える長大なアリアをドラマ性高く歌うには、それまで馴染んできた言語で想定できる時間とエネルギーを優に越えての勉強 となった。ステージに立って晴れてその曲を送り出せば、新な自身への感動が体いっぱいに拡がった。

<<2005年7月10日>>

新たな世界の扉が、私に開いた!
これまで勉強した言語の歌曲も、歌い尽せない程の量。新たな言語に挑戦し、歌うとはついこの間まで考えられなかった。 …が歌わない事で芽生えた劣等感は大きく膨らみ、私を憂鬱にさせた。あらがいかねて昨年から文法の勉強を始めた。 「歌」は「当分、先」と思っていた矢先、機会はことの他早く来た。「初めて」に伴う大きなエネルギー。扱いかねて身動き出来ない 自分との闘い。専門の先生方の御助力を借りて、体にまとわりついていた重い鎖を解く。…と、現れたのは、やはり「私の自由な、歌」 だった。

<<2005年2月14日>>

今回は小さな可愛いお客様、二歳半〜六歳半のお客様は果たしてどんな反応?初めての事で想像がつかない。園を訪れたのは午前10時前。 それぞれのクラスでの作業後"おやつ" 。仕草も可愛らしく食べていた。さて本番は午前11時から、先生から言い聞かされていたようでお行儀良く座っている。 彼等に合わせドレスは花柄。『めだかの学校、七つの子、たき火、犬のおまわりさん、お使いありさん、山羊さん郵便…』お客様の知ってる曲(この園では幸い 昔からの童謡も歌っているそうで)は一緒に歌いそうになるのを堪えて聴いている。知らない曲『電話、むこうむこう、向こうのきしへ、星とたんぽぽ、私のお 父さん』にはポカ〜ン。お話しながら進める。「昔の電話は皆黒くてチリリンって鳴ったんだよ〜。何の虫が出てきた?その蝶々は何色だと思う?…」一斉に 大きな声で「♪☆※♂♯×」答えてくれる。上手に聴いてくれたお客様と一緒に最後『どんぐりコロコロ』を元気に歌って終了した。小さな手と握手しながら 「大きな声が出るね〜♪」に送られてステージを降りた。私の方が彼等から素晴らし いバレンタインプレゼントをいただいた心地だった。

<<2004年12月19日>>


ニ年振りにベートーベンの"第九"のソロを歌わせていただいた。もう何度目の"第九"だろうか…。
三楽章からソリストの席に座っている時に、今までと違った感覚を味わっていた。(何だろう…?)オーケストラの響きを肌に受けながら、 私はベートーベンの音楽に包まれていた。しかも『私の心!』が、だ。何度となく歌っているはずの曲がまるで新しい曲の様に新鮮に、 しなやかに思われる。
交響曲ではあるが歌詞がある以上、それを歌い手として、しかも女性として歌う以上『歓喜』の心を女性らしく高らかに歌いたい!と切に思っていた。

<<2004年9月23日>>

'04.9.23前回の本番から三日目、再びコンディションを整える。子供の頃にFMから、レコードから聴こえていたDiva達の様に、 流麗なメロディを美しく叙情的に歌いたくて勉強している。あの人達の様に息を飲むようなピアニシモが歌いたくて勉強している。オーケストラの 虹色の音色に囲まれると、不思議な力が私を包みホールを包む。Diva達が微笑んでくれる様に…、歌いたい。と、終わった今も思う。

<<2004年9月20日>>

『ルサルカ』を歌う私の前には2000のお客様、後ろには生徒達。そこに立つ幸せを感じずにはいられない。
'04秋のシーズンが始まった。教えに行っている高校のブラスとの共演。気遣ってくれる彼等の心と想いが伝わり密度の濃い空間となる。

<<2004年6月19日>>

私の知っている曲などたかが知れている。コンサートで聴いたり仲間に教えてもらったり。勉強家の仲間には『そんな曲も知らないの?』やら 『歌ったことないのぉ?』と、身も縮む思いを幾度もする。(機会があったらそれらの曲を本番にかけておきたい!)が日頃の思い。その機会を 横浜シティオペラのメンバーズコンサートに得、またひとつの曲を識った。早逝の詩人 立原道造の若さ溢れる瑞々しい詩に柴田南雄の厚さのあ る音をどうひとつにするか…。(曲名『優しき歌』)時間をかけて噛みしめてさらい、幾度も詩集に目を通す。当日、解説者が「この曲はただ叙 情的に歌うのではなく、爽やかさ中に理性が…」等とお客様に語り、曲中最も美しい二編が朗読される。あまりに静やかに美しく、もう歌はいら ないのでは…と思われた。が、逆にそこからヒントをたくさんいただき、本番のステージ上で歌いながらも益々理解が深まり、曲に対する想いも 更に増した。

<<2004年5月11日>>


市民広間演奏会に出演したのは何年振りだろう。もっと未熟だった頃から出させていただいたが、 リハーサルが環境的に出来ず、本番緊張することになるので勉強になる。今回はお客様には耳慣れない メロディで恐縮したが、本格的に勉強を始めたフランス歌曲を初披露した。ドビュッシーの「星の夜」は エレガントで美しく艶っぽい曲であるが、僅か16歳の時の初めての作品。今更に彼等の天才振りに言葉もなく感服する、 と同時に自身の凡庸さを身にしみて思う。

<<2004年4月21日>>

ソプラノに産まれたからには、歌いたいと思う曲がある。
その中のいくつかは既に歌い、いくつかは自分の声と合わず断念し、そしてまたいくつかはまだ歌い残している。 昨年、先生に「他の曲と併せて勉強すれば『それ』も歌えるようになるわよ!」いつの日か『それ』が歌えるようになりたい…と実現を夢見た。 ところが実現は突然やってきた。
ワーグナーの「タンホイザー」のアリアと共に『それ』を歌う依頼が来た。しかも二ヶ月後。 僅か二ヶ月で歌いあげられるだろうか?先生はその依頼を聞いて絶句した。そして「歌の中の王様のような曲だよ!」と。
曲との格闘が始まった。多くの技術と変わりゆく心の描写を必要とする。限られた期間の中の凝縮された時間を経、 その日の幕は開いた。彼女の真実の心と官能は音になったか?女性からも憧れられたその人は、ビオレッタ、『それ』はオペラ『椿姫』…。

<<2003年12月18日>>

一年最後の演奏は再び、病院での演奏でクリスマスソングを中心にしたものだった。 始めの2回はロビー、次の2回は病棟。
ロビーには外来の方、入院していても比較的お元気な方が聴きに来て下さった。2度 とも聴いて下さる患者さんもいらした。(この方は3回目の病棟の方まで来て下さっ た) 病棟では病室のすぐ近くで演奏。顔色の悪い方が出てきてくださる。出てこられない 方も、病室で聴いて居られるとのこと。具合の悪い方を前に出来るだけ明るく振る舞 おう・・・と思いつつ、しかし聴いて下さっている病気の皆さんはどう思われるのだ ろう・・と気にかかる。私達の健康を羨まれるだろうか?喜んで下さるんだろうか? 心の中で考えてしまった。・・でも!真心込めて歌います。それしかできません。病 院の中での日常のひとときの変化となれば・・・。歌のプレゼントのお返しに大きな 学びをいただいた。

演奏を終えて控え室に戻る。ボランティアを斡旋して下さる団体の方が「来年この時 期もこのメンバーでお願いします」と予約される。「???」こちらに意志はないの かい?今回は私達がやらせてくださいと言った。けど、来年はまだお願いしていませ んよ、と言うことなのだが・・・。日本のボランティアの難しさ。依頼したら本来 ギャラが発生するよ!そう言われてその日歌った曲数を指折り数えたら、延べ30曲 を越えていた。喜んで下さって疲れも忘れていたけれど、来年の予約をされたらドッ と疲れが出てしまった。健常の方達が『演奏』の価値をもう少し分かっていただけた ら有り難い・・・と思う日だった。
<<2003年11月30日>>
あなたの歌・わたしの歌 その七 の特集ページへ

<<2003年11月15日>>
3年ぶりで桜丘高校ブラスバンド部と共演した。皆さんに「え〜、ブラスバンドぉ? え〜、高校生?」と驚かれ心配される。しかも曲目はオペラアリア。ところがどっこ い、我が愛する生徒達は心を込めて演奏してくれました。私が演奏家であることは話 に知っていても、実際聴くのは初めて人が多かった様で始めの合わせでは、みんなの おメメが点になっていました。私の歌声の所為なのか、私を怖いと認識しているのか (笑)それはそれは心のこもった伴奏でした。それは営業でカップリングされるプロ のオーケストラよりもず〜っと熱くいい演奏でした。その思いに答えて私も熱く歌い ました。それがお客様に伝わると嬉しいです。私は幸せ者です。教え子達と共演でき て。みんなありがとう〜♪
<<2003年10月3日>>
懐かしいと思ってしまう関内ホール。オペラ“コシ・ファン・トゥッテ”、教えてい る高校の合唱祭等想い出深い出演が多い。今回は横浜市役所ロビーで演奏する団体主 催の市民広間コンサート。珍しい女声トリオの声楽曲を歌った。
フランスのマスネ・フォーレとクルシュマンというドイツ人の作品。長い間、苦手意 識で抵抗していたフランス語に正面から取り組む勇気が出て、勉強してみれば何のこ とはない。何故今までやらなかったのかな・・・。良い曲に出会えるチャンスを閉ざ していたが、これからはフランスの美しい曲を歌える喜びが増えた。柔らかなメロ ディと和声に身を委ねるように歌えたら・・・。そのきっかけになるマスネ・フォー レの楽曲だった。

<<2003年9月10日>>





病院で歌う二度目の機会を得た。コンサートホールとは全く違う条件の中、曲も入院 している 方に配慮して選曲される。病棟では入院されている方のお心が少しでも軽くなられる ことを願って歌った『見上げてごらん夜の星を』が、私自身の心に沁みた。受付ロ ビーにはお手伝いしているコーラスの方々が来て下さっていた。日頃、人の評価に 戦々恐々として歌うのだが、お役に立ちたいと思って歌うのは本当に深い喜びがあ る。本来の“演奏”と言うものだろう・・・。機会を下さった方々、聞いて下さった 方々に心からの感謝を送る。



<<2003年4月23日>>
歌を始めた頃、声楽の先生を始め周りの人に「モーツァルトは基本ですよ」とよく言 われた。その時はどういうことか分からないながらもモーツァルトのアリアを勉強し たものだ。
今年は基本に返って勉強しよう!と決めた途端、モーツァルト作品の演奏の依頼!! 早速楽譜に目を通した。
ん?身体の芯が疼いてきた。たくさん学んだ身体の、懐かしさの記憶。あぁそうか、 私の歌の原点はモーツァルトなのか!頭ではない身体の反応に我ながら驚いた。 今回はミサ曲。私の大好きな美しい曲が入っている。嬉しいけれど難しい。そう、難 しい。モーツァルトは器楽のように歌のパートを扱う。透明な音やフレージングが物 を言う。なかなか出来ない。ひたすら練習あるのみ!本番では上手くいったり、凹ん だり・・・。それでもモーツァルトは美しい。もっと、美しく歌いたいと切に思っ た。


今回共演した合唱団は、もう何年になるでしょうか、発声のお手伝いにうかがってい るところです。初めて共演しましたが、指揮の先生始め合唱の皆さんとの一体感は言 い表せない至福の時でした。

<<2003年4月6日>>
4/6に『横浜シティオペラ創立20周年記念コンサート』に出演した。私は創立当 時からのメンバーだがこの演奏会には出演予定はなかった。病気になられた方の代役 でアンサンブルのソプラノとして出させていただいた。創立当時からのメンバーはほ とんど出ておられず(・・・といっても、私がす〜ごい年寄りであるわけでもないの だが・・・。)何とも言い様のない物ではあったが盛りだくさんの曲と出演者に、 もっとじっくり聞きたかったと言うお声も戴いたのだが、みなとみらい大ホールで歌 うのは何と心地良いことか!!このホール、本当に正直で3階は誰の声も上に行くの で問題がないが、2階、1階の席に綺麗に聞こえるか、と言うことが歌い手の技量の 判るところなのだ!
<<2003年2月23日>>
後半がオペラの、コンサートに出演した。普通のコンサートとは違い、舞台や上手 下手に大道具、小道具。
そして舞台監督を始めとする多くのスタッフ!人々のエネルギーがうねるような独特 な雰囲気の中での久しぶりの高揚感。

<写真 アルトの方と>

<写真 楽屋にて皆で!>
 ステージで白く輝くライトの中、テノール君が言いました。「ライトを浴びて歌え るのはやっぱりいいものだな〜」
ええ、そうです。本当にステキ。その中で自然体で歌えればもっとステキ。その為に 練習しているのかな〜。
<<あなたの歌、わたしの歌(其の六)>>(2002.11.23)
 みなとみらいの街にクリスマスのイルミネーションが輝く頃、毎年私のコンサート がある。同じ季節にコンサートをすることで皆さんが季節感と共に覚えていて下さ り、おなじみのお客様がいらしてくださる。

今回は日本の歌のシリーズ『あなたの歌、わたしの歌 その六』でした。今回の企画 は、ひとつの詩にそれぞれの作曲家がつけた曲を集めて演奏した。
歌詞が同じで覚えやすい?・・・と思っていたのですが、とんでもありません。曲の ニュアンスの違いで全く違った曲になり、エネルギーは曲の数だけ必要です。聴いて 下さった方々は『同じ詩にこんなに違う曲があるのネー!』と言う感想になりますが ・・・。
曲の相談から勉強に付き合って下さる伴奏者の方や、お手伝い下さったスタッフ、 髪、ドレスの担当の皆さん。たくさんの方のご協力があって初めてできるものです。 この場をお借りして御礼申し上げます。
来年も11/30(日)を予定しています。次の企画をお楽しみに。
(写真は、みなとみらいのクリスマスツリー)
<<オルガンとの共演>>
偶然にも上半期に、パイプオルガンと共演が集中し、また、オルガンでの伴奏は初めてだった。
武蔵野市民文化センターのオルガンの音色は美しかった。今回2カ所のコンサートホールと2カ所の ドイツの教会で歌ったが、オルガンのパイプの種類を決めてゆく、一本のパイプ音色全体は変化させることが できないので、パイプの組み合わせ方で、様々な色を出していく。それが、オルガニストとしてのセンスが 出るところだ。
宗教的な詩に曲のついたものがやはり多く、敬虔な気持ちに自然になった。
middle
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4/28 カールスルーエにて
<<ヨーロッパの教会の響>>
湿度の低い、石の教会は、残響が長く、ピッチも保ったまま伸びていく。自然に呼吸するだけで、 本来発声するべき、ポジションから声が軽やかに出ていく。「環境が育てる」というが、まさしく その通りの体験だった。
<<古代円形劇場の響き>>
(シチリア カターニャ)

抜けるように高い青空の下、舞台の後ろは海。山の上の劇場。古代の人は、ここで歌 い、舞ったのか・・・。

天井のない空に抜けるステージはどんな響きなのか知りたかった。ガイドの方のご配 慮でステージに立った。
モゾモゾ歌ってもなんの変化もない。深く、深く息を吸って出した声に柔らかい音と なった響きがかえってきた。
天井が無いことなど、何も気にならない。
この柔らかな音に包まれ、古代の人々の中に私は、いた。
(写真の中、クリーム色のセーターが私)
<<リュートと共に>>
リュートの響きは格別です。作品は限られた時代のものであるが時代そのものを奏で る。この響きは人を魅惑する。・・・そして、気のあった奏者との演奏は、幸せを感 ずる。
この響きに乗って歌うと、いっぺんにその時代へと導かれる。まるで貴族の令嬢にで もなったように優雅になる。楽曲に触れると、どれほどその時代に優れた芸術がある かを知る。
同時に、自身がその時代をより知らねばならないと。
大分のホールはその響きにとても相応しいものだった。





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