2003年1月〜2003年4月

 〜成熟度、何パーセント?〜<26>(2003.3.29)
昨日部活動で学校に行って来ました。桜の丘の桜がちょっぴり咲き始めました。

人が“大人”と見なされるのはいつでしょうか?
二十歳(はたち)が“大人”のシンボルでしょうか?
人には個人差があります。年齢のわりに老けて見えたり、若く見えたり・・・。 若く見られて喜んじゃったりして!?

ところが!事を成就するのが早い人は、人間が成熟している人なんですね。
年齢に関係なく人生が分かっている、物事を悟ってる人がいる。成熟している人で す。
実年齢に関係ないのですね。そんな人が若くして世の中に出てくる。そして、事を成 し遂げる。

年の割に大人っぽい!と言う人は同年代の人より一歩先ん出ている。
逆に子供じみた人は(子供っぽい人、とは違います)自分とこんがらがっていて成就 が遠い。
さて、自分はどの程度の成熟度?

 〜学びの瞬間〜<25>(2003.3.18)
先日、テレビで800万人に一人の奇病に罹ってしまった11歳の少女のドキュメ ントをやっていた。
DNAの異常で普通の人の何倍もの早さで老化し、肉体的には百歳を越えている。見 た目は骨も縮み、髪も落ち・・・老人のよう。ただ、頭脳は明晰で11歳の女の子そ のもの、声もとっても可愛らしい。
余命が限られ、周りの人の様々な反応を通して彼女は多くを学び悟っていた。11歳 とは思えない言葉に圧倒された。普通に生きている11歳の口からは絶対に出てこな いだろうと思う。
インタビュアーが“もし生まれ変わったら何になりたいですか?”と尋ねた。
“また、同じ私に。私は今の私がとても好きだから!”と。

歌の生徒さん3人を含む7人で旅行したことがある。本当によく練習する二人の中で も歳若いAちゃんは 旅行にもキーボードを持ち込み朝から発声!もう一人の生徒さんも驚き、慌てる。私 はひたすら感心。

『教えられる』というのは年齢の上、下ではない。学ぶものが見つけられるかだ。

え?もう一人の生徒さん?何も気づかない!学びに大して横着なのだ。もちろん歌の 上達も同じ事だ。

〜『いつか・・・しよう!』〜<24>(2003.2.18)
 たまたまテレビドラマのセリフが耳に飛び込んできた。

〜『この本、まだ読んでいない本かと思ってお持ちしました』と女の人。『いつか読 もうと思っていた本なんですよ・・・』とそこで独白のセリフ。『・・・そこでボク は気が付いた。いつか読もう、いつか読もうと思っている本は決して読まれない・・ ・と言うことを。』〜

 な〜んだ単純。と思われるかも知れませんが、私はドキッとしました。私の家に は、いつか読もうと思っている本がたくさんあります。いつか役に立つだろうという 物がいっぱいあります。
 確かに、そのドラマは主人公が余命あと一年の自分の人生をどう生きていくのか・ ・・という、ヘビーなテーマ故にのセリフです。
でも、なんと『また明日やればいいか!』『よ〜し、いつかやってやる!』とかつい 考えてしまいます。ドラマのように自分の命を宣告された訳ではありません。でも、 『やろう!』と思ったことがあったら出来るだけ早く行動に出るといい。その結果が 出れば、次の自分の行動が決められる。家の中にある本や、物を大いに活用しようと 思いました。自分が『やろう』と思うことを、さりげなく始めればいいことなのだ、 とこのドラマのセリフに学んだのでした。
 以後、チャンスが無くそのドラマを見ていないが、彼は今どう生きているのだろう ?

〜言葉のものさし〜<23>(2003.2.6)
前回の【プリマドンナのひとり言】で『スランプ』と書いたらメールでコメント をいただいた。
「私もスランプかも・・・」と。一言に『スランプ』と言ったってきっと人様々、ど んな『スランプ』だったのでしょうか?

 本を読むのが好きな友人がいます。私も『好き』です。彼女はテレビを見ずに読 みふけります。本の話を彼女としていても途中から私の知らないことだらけになりま す。別の知人は私が『本が好き』と言うと「へー、えらいねぇ」と。ところがその人 の方が読書量が多いのです。
 よく学校で「あいつ、勉強してない、勉強してない。といいながら結構やってる んだ。ウソ言ってる。」等という会話を聞くことがあります。きっと嘘を言っている のではないと思います。『勉強した』といえる量が人それぞれ違うのです。例えば、 滅多に勉強しない人は、1時間勉強したら「今日は勉強したぜ!」と言い、日頃から 3時間勉強した人は「全然勉強してない」と言うでしょう。
 この様に人は自分の価値観で言葉を使い、相手の言葉も自分の価値観に引き寄せて 聞いてしまいます。共通な伝達手段の言葉でも個々の主観で実は大きく違います。こ れを知らないと周りの空気を読めなくなってしまいます。
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私の家に、ユゴー原作「レ・ミゼラブル」のミュージカルの新聞記事がありました。 大学合格発表の日、落ちてしまった生徒が我が家に来てそれを読み「『ああ、惨め !』って訳すのかな〜」あまりにタイムリーな言葉に慰めるのも忘れて吹き出してし まいました。確かにそうだけど、普通は『ああ、無情』と言うんだよね!言葉って難 しい・・・。

〜人生、双六〜<22>(2003.2.6)
『双六』この字を読めますか?「すごろく」です。意味は分かりますよね?
スタートは産まれた時。上がりは人生の終わりです。人にはそれぞれ違った人生があ ります。良いことも、辛いことも。スランプもあります。挫折も成功も。その度に人 は一喜一憂します。
双六で言えば、「ひとつ進め」だったり、「6つ進め」だったり、「一回休み」だっ たり、揚げ句は「振り出しにもどれ」だったり。ヒェー!
でも、考えてみて下さい。サイコロは誰が振っているのでしょうか?自分自身です。 振り出しに戻ることが悪いとは言えません。人生何度でもやり直せます。たまには休 んでも良いじゃありませんか?
自分の人生の上がりはただ一度。自分が満足のゆく様に自分であがれることが出来る んです。
今日、モーニングを食べながら友達に言われた言葉。

受験生頑張れ!

〜体育会系声楽家?〜<21>(2003.1.29)
音楽をやっている人のイメージはどんなものでしょうか?
学校の廊下を歩いている私を、知らない人は音楽屋(!)だとは思わない。

高校時代、進学選択で悩みました。もちろん音楽と・・・・そして体育。そう!体 育。
高校1年生の時、体力テストの「50b走」からもうひとつの自分を知った。
中1 9秒、中2 8秒5、中3 8秒 、そして高1で 7秒4・・・陸上部の先生 にスカウトされた。
この時すでに合唱部に入っていた悩める乙女の私は困り果てた。
私は子供の頃からの憧れの道のひとつに進む決心をした。それが歌だった。

その後、高3の時新たに来られた陸上の先生に大学を卒業してから話をうかがった。
「君を高3で見たとき、記録の出るいい筋肉をしていると思ったよ。ただもう高3 だったから言わなかった」スプリンターだった私は、高3で始めても間に合わなかっ たそうだ。
いい筋肉と言ってもどの程度だろうか?私の筋力は通常の筋力の3倍あるそうだ。そ う言われて合点のいくことがある。わたしは高校時代、握力が右50キロ、左49. 5キロもあった。みんなに化け物扱いされていた。それは悲しいことだった。何年も 経ってようやく納得のゆく答えを得られた。
もしわたしがスポーツの道に進んでいたら、どんな人生が待っていたのだろうと思う ことがある。そちらの道に行けば良かったのだろうか・・・?
その陸上の先生が最近、「君は歌えばいいんだよ」の一言を頂戴した。・・・そうい うことにしようか。
えっ?やっぱり桜高で風切ってガンガン歩いていたかもって?!

〜Bravo! ベートーベン〜<20>(2003.1.19)
3年生の授業は残すところあと一回になった。これまでのおよそ6時間はそれぞれ テーマを持って《ベートーベン》についての研究、発表をした。
《ベートーベン》をお好きですか?《ベートーベン》というとどんなイメージがあり ますか?音楽室にあるあの気難しい肖像画と交響曲『運命』の最初のテーマのイメー ジでしょうか?
人間には一人ずつの人生がありドラマがある。天才作曲家もそれぞれの人生を持って いる。ベートーベンは時代の移り変わる時に生き、フリーの音楽家第一号でした。 (それまでは貴族や皇帝などに仕えていた)それ故の自由な意志とそれ故の困難を身 をもって体験しました。父方の祖母から父へとアルコール中毒が遺伝し、子供の頃か ら家計を支えるために働き通し、揚げ句に自身も肝臓病に冒され晩年は、その苦しみ の中、「第九交響曲」に至る作品作りの日々は想像を絶するものがある。彼の構想の 中には「交響曲第十番」もあったのだ・・・。誰よりも家庭的な暖かさを求め、幸せ を願った彼の作品は、壮絶なまでの人生とは相反するように美しい。どの曲をとって も沁みいるように美しい。だが美しいだけではない。人に“強く生きよ!”と励ま す。
生徒とスコアを見ながら交響曲を聴く。それだけで全然違ったものが見え聞こえてく る。我々の見知った八分音符が、四分音符がスコアに踊る。どうしてこんな記号がこ んなにも美しい曲として命を持つのか・・・・。ベートーベンは美しい!

おまけ・・・
彼の苗字は、Beethoven だ。私達はこれをベートーベンと読むが、ドイツ 語圏ではBeet とhovenの間で発音が切れる。‘ビート・ホーフェン’と言 うところだろうか。ベートーベン、ベートーベンと何度連呼しても通じないのであし からず!
写真 ベートーベンの生家(ボン)−ベートーベンの生まれた部屋の前にて

〜 私のモットー “太陽”〜<19>(2003.1.5)
   明けましておめでとうございます!

日頃忙しすぎて自分の時間でありながら考えずにやり過ごす事が多く、このお正月は ちょうど好い時、ちょっと振り返ってみました。今年は自分の時間をちゃんと認識し ながらやっていこうと思っています。

最近、よく“怒”のマークがこめかみにつくようなことがあります。そんな時には常 に考えます。
イソップの「北風と太陽」の話をご存知ですか?ちょうど韓国大統領選の結果で、 『穏健派太陽政策』と出ていました。この「太陽」もイソップ物語のそれです。
人を力ずくで無理矢理同意させるのではなく、ぽかぽかと日差しを浴びるが如く自身 の意志で行動する様になるのです。長い間のモットーです。やはり今でもそうだな〜 と思います。人と人とのコミュニケーションは大切です。そして自分の思いを伝える のにはとても大切なことです。ニッコリと太陽のようなほほえみで!!


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